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<正論>「主権回復運動」初心に返る転機


東京大学名誉教授・小堀桂一郎

産経新聞 2026/4/28

主権回復記念日にあたり

 

 平成9年の本日28日と同じ日付で、「主権回復記念日国民集会」第1回が開催されてより29年を経過した。令和2年武漢肺炎の猖獗(しょうけつ)により全ての集会に自粛を要請された年を除き、連年確実に主催者一統はこの集会を続けて来た。

 

 令和6年3月には同じ志向を有する「日本の真の独立を目指す有識者会議」が新たに組織され、同じ日付で集会を開き、競合といふよりは相呼応し協力して日本国の真の主権国家としての面目を回復しようとの情報活動を開始した。

 

 本年で30年目を迎へるといふ短からぬ歳月、国家主権確立堅持の声を揚げ続けて来た当事者としては些(いささ)かの感慨無きを得ない。もちろん己の辛抱強さへの自惚(うぬぼ)れの意味ではない、同志達一統を含めての非力さと、なほ程遠い目標への前途の長さを思つての嘆きがその感慨の所以(ゆえん)である。私共の集会に参加して運動の推進に積極的な支援の声を揚げてくれるのであらう論客達の中にも、一沫の翳(かげ)りの様な色彩が仄(ほの)見える事もある。

 

 本年4月8日付の正論欄に掲げられた下條正男氏の論説の中には現に国家主権が侵され続けてゐる現実についての鋭い観察があり、国家主権の確立に懸ける民間の努力、例へば竹島の領土権確立に向けての島根県の熱意を牽制(けんせい)して来たのは日本政府、特に外務省だつたと指摘して居られる。

 

 この下條氏説にふれると、私共主権回復記念日を国民の祝日とせよと提案して来た面々の胸裡(きょうり)には或(あ)る疑惑が湧いて来る。この提案は国民集会発足当初から掲げてゐた趣旨であり、主権意識確立のための当座の目標であつた。集会に出席してくれる国会議員諸氏の中にもこの趣旨への賛同者は多く、主催者側はこの目標達成には一時期かなりの希望を抱いてゐたものである。例へば議員立法といつた形をとつて少くとも国会の議題となる程度まではゆくのではないかと考へてゐた。

 

国家主権の尊厳に意識低い

 

 所がさうはならなかつた。もしやこの件も政府・外務省の牽制によつて停滞状態に抑へられてしまつてゐたのではないであらうか。明日の旧みどりの日が昭和の日と改められ、多くの神社で事実上、昭和祭が斎行される様になつた、この順調さとは対照的である。

 

 外務省筋の牽制によつて主権回復記念日が陽(ひ)の目を見る事ができない、と言ふのは所謂(いわゆる)疑心暗鬼を生ずの類かもしれない。然(しか)し乍(なが)ら国家主権の意識強化は即(すなわ)ち東京裁判史観の反定立(アンチテーゼ)であり、外務省ならずともリベラル系の大手マスコミの忌み嫌ふ所である。現在の日本の世論の大半は未(いま)だに主権意識昂揚(こうよう)運動の反対側にゐるのだ。

 

 我が竹島が隣国による暴力的占拠状態にあるのを座視するより他ない事を始め、沖縄県の尖閣諸島海域は中国の海警船部隊の跳梁(ちょうりょう)に任せ、我が国の船舶が自国の領土である同島に接岸することすら規制するといふ本末顚倒(てんとう)、我が北方領土諸島を恰(あたか)もロシア領であるかの如(ごと)くに腰の引けた扱ひしかできない新聞論調等、その何(いず)れをとつてみても、国家主権の尊厳についての意識の低さを露呈した醜態と言はざるを得ないものである。

 

 かうして見ると、主権回復記念日制定運動が、一向に目標に近づけないもどかしさに倦厭(けんえん)を覚えるのも已(や)むを得ないなどと言つてはゐられない。むしろ現在こそ、この運動の初心に立ち戻つて新たにその昂揚を図るべき時である。

 

 30年前に国民集会を開始したその初期には、そもそも国家主権とは何なのかとの定義の詮索から始まり、主権意識の稀薄(きはく)によつて国土と国民にどの様な禍害が生ずるのかを考へる途上で例会参席者一同の認識は漸進的ながら次第に深まつて行つた。その過程で当時既に日本の国土が中国人の暴富によつて買ひ漁(あさ)られることの恐ろしさは指摘されてゐた。殊に重要な水源地一帯や、原子力発電所の所在地周辺、自衛隊基地の隣接部分等は、国家安全保障の観点からして外国人の所有地となつてはならぬ事への警告は頻(しき)りに発せられた。

 

 国民の身柄を敵性外国による拉致の魔手から守ることもできない国家に果して主権があると言へるのか、といつた深刻な疑問も呈されてゐた。拉致の被害に遭つた同胞を何十年もの長い歳月、取り戻す事もできずに手を拱(こまね)いてゐる非情さもやはり国政担当者に主権意識が稀薄である事の結果である。

 

主権の尊厳象徴する皇室

 

 国土を蚕食し国民の生命と名誉を脅かす上記の諸例は、ここ30年の間に危険の度を減少させてゐる様には見えない。さうであればこそ、主権回復記念日制定運動はむしろその本源の動機の方を表看板に掲げ直し、国家主権の尊厳に改めて認識の目を向けよ、との啓蒙(けいもう)運動にすべきではないか。その時その尊厳を象徴するのは言ふまでもなく我が万世一系の皇室の存在である。折から今月20日には皇位継承の制度的安定を目指す皇室典範改正の動きも漸(ようや)く国会の議題として取り上げられる方針が明示された。主権回復の運動を、皇室の無窮を守る政治の努力と一体化して新たに進める転機が来てゐる。(こぼり けいいちろう)

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