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<正論>それでも韓国との連携は重要だ 

防衛大学校教授・神谷万丈

 

 順調にみえた日韓関係の先行きがにわかに不透明になった。12月3日の尹錫悦大統領による非常戒厳の宣言以降の韓国政治の混乱に収束の見通しが立たないからだ。

◇このような時だからこそ

 尹大統領に対する弾劾訴追案が14日に可決され、対日関係を重視してきた同大統領の職務は停止された。今後の憲法裁判所の審理で仮に弾劾が棄却されても尹氏の早期退陣あるいは求心力の大幅な低下は避けられないとみられ、野党が尹氏の対日外交を「屈辱外交」と批判してきたことから、日韓関係の停滞は免れまい。

 2025年が日韓国交正常化60周年にあたることから、両国政府は各種交流事業を行い、尹大統領の就任以来改善著しい両国関係をさらに前に進める契機としようとしていたが、水を差された。石破茂首相が10日のオースティン米国防長官との会談で「1週間で世の中はがらっと変わってしまう」と嘆じたのもむべなるかなだ。

 だが、世の中には変わっていない点もある。このような時だからこそ、われわれはそのことを冷静に直視しなければならない。

 

 日韓関係で12月3日以降も変わっていない点とは、まず両国がさまざまな地政学的な挑戦に共通して直面しているということだ。東シナ海や南シナ海では中国が「力による現状変更の試み」を強めており、日韓に近接する台湾への圧力も増している。北朝鮮は核・ミサイル開発をさらに進め、10月には憲法で韓国を敵対国と規定した。ロシアのウクライナ侵略は「国際秩序を形作るルールの根幹がいとも簡単に破られ」「同様の深刻な事態が、将来、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて発生する可能性は排除されない」(日本の「国家安全保障戦略」)という状況を生み出している。

 

 そうした中で、これら諸国間の軍事的連携の進展が日韓にとり事態を一層深刻なものとしている。中露は、米国を中心とする「ルールに基づく国際秩序」を拒絶するとともに、「包括的戦略パートナーシップ」を深め、日本海などでの共同軍事演習を増加させている。露朝も有事の際の相互軍事支援を盛り込んだ「包括的戦略パートナーシップ条約」を結んだ。ロシアは北朝鮮から弾薬などを受けとり、北の部隊がウクライナ戦争に本格的に投入され始めるなど軍事協力を強めている。北にはこの実戦経験を将来の戦争に応用する狙いがあると目されている。こうした動きを背景に中露は北の非核化への関心を薄めている。

◇希望の光も

 

 もう一点、12月3日以降も変わっていないことがある。それは、日韓がこうした挑戦に立ち向かう際に、両国の連携が願わしいという事実だ。日韓は国内総生産(GDP)世界4位と12位の経済力を有し、民主主義や自由といった価値や理念を共有している。両国が共通の地政学的諸課題に直面していることを認識し、ポスト尹の時代にも戦略的なパートナーであり続けることができるかどうかは、サプライチェーン再編に関する協力など経済安全保障分野を含め、今後の両国の外交・安全保障政策の成否を大きく左右する。日韓は米国を加えた日米韓の協力枠組みも発展させてきているが、日韓が緊密に連携できていなければ日米韓協力もうまくいくはずがない。

 

 むろん、国家間の連携は双方にその意思がなければ実現され得ない。ここで懸念されるのが韓国側のナショナリズムだ。日韓関係の改善を「屈辱外交」と呼ぶ韓国の革新派の姿勢は、日本側からみると過剰なナショナリズムの発現にほかならない。尹氏が外交を行えなくなった現在、日本がその動向に懸念を抱くのは当然だろう。

 

 この点について楽観的になるのは難しいが、いささかの希望の光は見えてきている。可決された弾劾訴追案からは、否決された最初の案に含まれていた尹氏の対日外交政策に対する批判が削除されていた。また『産経新聞』によれば、最大野党「共に民主党」幹部は、「両国間の歴史問題で、尹大統領があまりにも一方的な譲歩をしたとして、共に民主党が批判してきたことは事実だ。しかし、われわれは…韓日関係、韓米日協力の重要性を十分に認識している」と述べたという。

 

◇日本は冷静・合理的に

 

 だから安心だなどと言うつもりはない。日本人は、過去に韓国人の行き過ぎたナショナリズムが日韓関係を傷つけた例を何度もみてきた。それは警戒すべきことだが、今決して起こしてはならないことは、日本側が嫌韓ナショナリズムを高めることだ。そうなれば、過去2年間の日韓関係の改善はうたかたのごとく消え去ってしまう。

 韓国側に非合理的な反日ナショナリズムの高揚が不幸にして起こってしまった場合、日本も毅然(きぜん)として対応する他はなくなるので、日韓関係が大きく後退することはやむを得ない。だが、日本発の関係悪化は何としても避けなければならない。日本としては韓国に対し、あくまでも冷静・合理的に日韓連携の重要性を説き続けるべきだ。(かみや またけ)

(産経新聞/2024.12.24)

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