
辺野古事故めぐる独善的な人々 「左派は自分と違う考えに耐えられない」と朝日新聞が指摘
メディアウオッチ 皆川豪志
産経新聞 2026/5/10
さすがに各紙とも看過できなかったようだ。沖縄県名護市辺野古沖で女子高校生ら2人が死亡した抗議船転覆事故をめぐり、沖縄タイムスがGW期間中の読者投稿欄で「天国から二人の声が聞こえてくる。『誹謗中傷にめげず、抗議行動を続けてほしい』と。」などと掲載した件だ。
すでに、謝罪記事も載せており、これ以上言い立てるつもりはないが、普段は沖縄や沖縄メディアに「優しい」朝日新聞や毎日新聞なども報じていた。
亡くなった女子高校生が「政治的意図」などまったくないまま、抗議船に乗っていたことは、すでに遺族がSNSを通じて繰り返し述べている。読者投稿とはいえ、チェックして掲載するのは社員なのだから言い訳できないのは当然だが、彼らの頭の中には常に「辺野古移設工事に反対するのは良いこと」「私が良いと思っているのだから当然、周りの人たちも良いことと考えているはずだ」という独特の意識が働いているとしか思えない。
事故直後、社民党の服部良一幹事長(当時)が、「そもそも新基地建設をいつまでも続けるのが悪い。埋め立てるのが悪い。こんなことをしなかったら事故も起こり得なかった」と発言しているが、根底にある「独善性」は同じだろう。
辺野古の事故とは直接関係ないが、くしくも沖縄タイムスの記事とほぼ同時期の5月2日、朝日新聞が配信した米国の女性社会学者アーリー・ホックシールド氏のインタビューが「朝日らしからぬ内容」としてSNS上などで話題を呼んでおり、そこにはこう書かれている。
「左派は自分と違う考えの人々に耐えられない」「保守派の方がまだ相手の話を聞く姿勢を持っている」
メディアがつくる「閉じた世界」
沖縄のもう一つの地元紙である琉球新報も辺野古事故をめぐって同社が絡むニュースがGW中にあった。
抗議船を運航していた「ヘリ基地反対協議会」の浦島悦子共同代表が事故後に開かれた講座の中で、「荒れた海に出たという(報道がある)のは間違い。それがすごく流布されている」「悪意に基づく虚偽情報が本当に山ほど流されている」などと述べたというものだ。
実際には事故当日、現場海域には波浪注意報が発表されており、「明らかに白波が立ち、危ない状態」だったことが捜査関係者の話などで判明している。発言内容については産経新聞や週刊誌が音声データを入手して報道したが、この講座の実行委員会を構成するのが琉球新報社だった。
同社は産経新聞の取材に「受講費を納めた受講生らが参加する閉じた勉強会であり、その中での内容についてはお答えは差し控える」としている。もちろん何を主催し、何を話しても自由だが、今回の事故が仮に事件化された場合、「加害者」になりかねない立場の団体である。
日頃の琉球新報の報道が公正中立かどうかの議論は置いておくとしても、全国的にも注目されている団体の共同代表に一方的に話す機会を与えるのなら、せめて「取材」という形で質問をぶつけ、広く報道するのが新聞社の役割ではないか。それとも、「閉じた世界」の中でしか話せない内容とわかっていたのだろうか。
浦島氏はこうも述べている。「私たちがやっていることが基本的に間違っているわけではないので、やっぱり自信を持ってそこは続けていければいいな、というふうに思っています」
これで国民の共感を得られるか
「ヘリ基地反対協議会」をめぐっては事故直後から、亡くなった女子高校生について関係者が「思いはきっと、『辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ』っていう意味で辺野古に来ていただいたと思う」などと述べ、大きな批判を浴びた。
特に、女子生徒の遺族からは「娘をまるで自分たちの仲間であったかのように語ることは到底、許容できない」「今後は辺野古を訪れただけで自動的に反対活動への賛同者としてレッテルを貼られるのだということを知らしめた、極めて重要な発言」と反論以上とも言える厳しい抗議を受けている。
亡くなった方の言葉まで代弁した沖縄タイムスも含め、遺族の悲痛な声を読んでいないのか、読んだ上で無視しているのかはわからないが、ここまで自分たちだけが正しいと思える考え方は恐ろしくもある。その独善性は、事故以降さらに強まっているようにすら感じられ、「むしろ自分たちこそ被害者だ」「批判する方が悪い」と言わんばかりだ。
一方で、彼らは表立って討論の場に出て来たり、意見の違う相手に自らの考えを積極的に伝えようとしたりする努力はほとんどない。好意的に紹介してくれるメディアは別として、インターネット上には、辺野古工事現場近くの座り込み現場などに入ったカメラに悪態をついたり、警備関係者を怒鳴りつけたりするような映像ばかりが上がっている。
こうした状況は、辺野古移設に冷静に反対する沖縄の人でも目をそむけたくなるのではないか。反対運動の目的はあくまで建設の中止や見直しだと思うが、このままでは国民の共感など決して得られないし、言葉は悪いが「怖い人たち」「会話が通じない人たち」としか思われないだろう。
日米ともに同じ状況
そうした「左派」の特徴を説明していたのが、朝日新聞の女性社会学者のインタビューだ。記事は「トランプ氏の行う『人々の感情の操作』ホックシールド氏の警鐘」として、米トランプ大統領の「大衆操作」を考察した内容なのだが、「ではリベラルはどうすべきか」との問いに彼女はこう答えるのである。
「ある研究によると、自分と意見が違う相手との会話を自分から打ち切ってしまう割合は、保守よりリベラルのほうがはるかに高い。保守派の方がまだ相手の話を聞く姿勢を持っている」「左派は自分たちが多様性に開かれているように誇るが、実際には自分と違う考えの人々に耐えられない。すぐに警戒心を抱き、心を閉ざしてしまう」
結論としては「他者の声を聞く訓練が必要」「自分たちで『共感の橋』を架け、つながっていくことが課題」として一朝一夕には難しいような指摘に至るのだが、日米ともに同じような状況であることが興味深い。
記事自体は数千字に及ぶロングインタビューで、朝日らしくトランプ大統領に批判的なものだが、朝日の一部の部署が上記のような「左派批判」とも取れる部分だけをXで紹介してしまい、「朝日が反省している」「自己紹介か」などのコメントとともに拡散されてしまったのだ。専門的で硬い内容にもかかわらず、読者の関心を引いて記事も読まれたのなら、まあ、結果としてはよかったのではないか。
メディアの「ほめ殺し」
ホックシールド氏の指摘は確かに的を射ていると思うが、日本の「左派」には、他国にはない大きな特徴がある。例えば、米民主党などのリベラル派の政治家の場合、過激なLGBT思想などで「個人の権利」をどこまでも追求するような傾向がみられるが、自国の正当な防衛に異議を唱えるようなことはほとんどなく、公の場で対立国の味方をするようなこともまずない。
「自分の国」が存続していなければ、リベラルも個人主義もありえないことをよくわかっているのだが、日本の左派政治家に、そうした視点はほとんどない。先の大戦の敗戦国にもかかわらず、国が占領されたのはわずかな期間であり、万一の事態を考える危機意識が薄いのかもしれない。
「左派」が嫌いな高市早苗政権の支持率は7割前後を維持しており、国民の大半は「戦争」と「防衛」の違いくらいわかっている。政治家に限らず、平和な日本でぬくぬくと生きながら、「戦争ヤメロ」などとプラカードを掲げてデモをする団体の運動もまったく共感を呼んでいないことは世論調査からも明らかだろう。
もちろん沖縄の場合は、他の地域とは異なる事情があることもわかっている。悲しい歴史や複雑な基地の現状を知ることは大事だ。ただ、「自分たちの主張はすべて正しい」という独善的な主張が、もはや受け入れられないことは彼ら自身も感じているのではないか。
感じた上で続けているなら、単なる運動のための運動である。感じていないなら、それは地元をはじめとするメディアの責任だろう。彼らをかばい、彼らの主張しか報じず、「彼らはすべて正しい」と訴えてきた「ほめ殺し」のような状態が、逆に彼らの目を曇らせ、運動の衰退も招いたような気がする。
米国では主要メディアの多くが民主党寄りの「反トランプ」というが、日本も「反政権」という意味では似たようなものだろう。ただ米国の場合、メディアにしても外交や安全保障など国家の存立にかかわるような政策については政府の方針と大きな違いは見られない。
日本のように、あえて自国を貶め、どこの国の主張かわからないような活動をするメディアや「市民団体」が乱立している状態は世界的にも珍しい。それほどの言論の自由がある国にもかかわらず、国民の共感が得られていないことの意味を、そろそろ真剣に考えるべきではないか。
独自の進化か退化かわからないが、他国には見られない「ガラパゴス左翼」を生み出しているのはメディア自身である。